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私が住んでいる所は、ナポリの、それも市外の小さな町です。市内の中心地から12キロ、言うなれば住宅街という所でしょうか。
東京で生まれ育ち、ミラノに移住し、ナポリにやって来た時も街のど真ん中にアパートを選んだ私が、婚約を機会にこの小さな町に引っ越す事になりました。それまでの私を知る友人達は、誰もが口を揃えて「あなたがそんな市外の町に住める訳がない! 3カ月で逃げ出してしまうよ!」と言っていたのですが、そんな期待を全く裏切って(笑)、私はここにもう6年住んでいます。
中心地から12キロと言えば、日本の感覚では、街の延長の住宅街…という風になりますが、イタリアではどんなに近くても、一歩市外に踏み出すと『わー!田舎だなぁ〜!』という風情を醸し出してしまうのです。
確かに始めは、小さな田舎町に対する不便さも感じました。市内には電車で2駅なのに、この電車が遅れる! 元々通勤時に30分に1本、他は1時間に1本しかない電車なのに、10分の遅れでやってくれば合格? 20分の遅れは当たり前! 30分の遅れもしばしば…。しかもストライキでいきなり数本の電車がなくなって、時間が倍かかるバスに乗らざるを得なくなる事もあります。
そして田舎の町といえば、世界共通なのは、人々の噂話、世間話です(笑)。ナポリ市内にも滞在している日本人は少ないのに(最近のデータは調べておりませんが、5-6年前はナポリに正規滞在する日本人は20人程度でした)、こんな田舎町では『日本人が住む』というのは始めての事。いや『日本人』というより『東洋人』の住民が始めて…とあって、当初は人々の好奇の視線をイヤという程浴びて、居心地が悪くなったのは確かです。
イタリアの他の地域からやって来る人達ですら『よそ者』と言われるのに、私は史上初の東洋人! 道を歩いても、お店で買い物しても、まるで宇宙人を見るかの如く、この町の人々は対応していました。
しかし、ただ好奇の視線を投げかけて、恐る恐る対応しているのではなく、やはり陽気なナポリ人ですので、一生懸命英語で話しかけてきたり、ジェスチャーで気を引こうとしてみたりします。で、こちらがイタリア語を話すと解ると、安心したようにナポリ訛りのイタリア語でお喋りを開始…となっていきました。
そして6年、すでに私はこの町の大半の住民に知られる存在となり、この田舎町の人々の暖かい心と共に生活しています。そして都会では経験出来なかった事もたくさんあり、『どこも住めば都だなぁ』と実感しています。
この田舎町に来て、いかにも南イタリアらしいと感じた事の一つに、町を徘徊する音楽家(?)の事があります。
この町のマンションを借りて、引っ越しした翌日の朝9時頃。まだベッドにて寝ていた私は、心地よいアコーディオンの音で目を覚ましました。窓の外から聞こえて来たのは、ナポリカンツォーネの『魂と心』というラヴソングでした。
「わー、誰か弾いているんだなぁ。」と、夢心地のまま聞いていると、曲が終わる寸前に「チャリ〜ン、チャリ〜ン」という金属質の音も聞こえて来ました。一体何だろう?と思って窓を開けると、3方のマンションに囲まれた駐車場兼広場で、お爺ちゃんがアコーディオンを弾いていて、各マンションの住人達が窓から小銭を投げていました。
それからも毎朝、そのお爺ちゃんはアコーディオンを弾きに広場へやって来ました。そして奥さん方は「チャリ〜ン」と小銭を投げる。お爺ちゃんは毎日そうやっていろんな広場を徘徊して一曲奏で、お小遣い稼ぎをしてるようなのですが、毎朝規則的に聞こえる優しいアコーディオンの音は、私にとって朝の心休まる一時となり、仕事や家事の手を休め、聞き入っていました。
そしてお隣の家族の長男は音大生のピアノ弾き。毎午後、必ず彼のピアノが聞こえ、週末は仲間も呼んで自宅でのミニコンサートとなります。私もたまにはお邪魔させていただきましたが、そこら中に響きわたるような大音量で演奏するのです。でも、音楽好きなイタリア人ですので、近所から苦情が来る事は皆無で、たまに彼のピアノが聞こえないと「あそこの息子さんはどっか旅行にでも行ってるのかいな?」と話されるようでした。
朝はアコーディオンのお爺ちゃん、午後はお隣の息子さんのピアノ…で、私は『音楽マンションに引っ越して来た』などと友人達に手紙を書いていました(笑)。以前はCDなりFMをかけていた私ですが、そのマンションに越して以来、それらの電源を切ってしまい、「さぁ今日はどんな曲が聴けるのだろう?」とワクワクして毎日を過ごしていました。
今は引っ越ししてしまったので、アコーディオンもピアノもナシになってしまいましたが、前のマンションでは聞けなかった『美声』に出会いました。…と、言っても誰かが歌っているのではありません(笑)。実は物売りの声なのです。
ここはこの町でも2番目の大通りに面しており、交通量も激しい所なのですが、そんな車の騒音の中に、毎朝必ず聞こえてくる美声…。イタリア語ではなく、完璧な『ナポリ語』の歌のようで、私には意味不明だったのですが、なんだろう?と思って、通りを見てみると、おばさんが両手に篭を持って歌っている。
以後、主人に聞いてみましたところ、その『歌』は「ラズベリー、ラズベリー!と〜〜っても美味しいラズベリ〜!」という単純な言葉の繰り返しで、そうやっておばさんは歌いながらラズベリーを篭に入れて毎日売り歩いているとの事でした。
単なる物売りの声だったとわかっても、車の騒音の中でも響くおばさんの美声はやはり感動物です(笑)。自分が以前日本で見た古いイタリア映画の世界そのものが、現実に見られるようなそんな嬉しい気分で、毎日彼女の美声を聴いています。
他にも、様々な音、声が窓から聞こえてきます。子供達の遊ぶ声、家族喧嘩のアツイ叫び声、子供達がならす楽器の音、そしてここでもたまに遠くからトランペットの演奏が聞こえて来る事も。すでに私はナポリカンツォーネも覚え、自分でも数曲は歌えるようになったので、甘く切ないトランペットの音が聞こえてくると、私もそれに合わせて歌う事も。どこの誰ともわからないトランペット奏者と私のデュオですが、私もかなり大声で歌ってしまうので、それをまた誰かが聴いているのかもしれません…(笑)。
田舎町にやって来た私の先ず第一の変化(?)は、CDやラジオを聴かなくなったという事でしょうか。もちろん深夜などは聴きますが、日中は、窓の外から聞こえてくるたくさんの『音』を楽しみにしているのです(笑)。
1999年記 |