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ナターレ(クリスマス)は、カトリック国:イタリアにとって、復活祭と並ぶ一大行事。でもナターレと復活祭では過ごし方に違いがあります。『ナターレには両親と。復活祭は好きな人と』という言い習わしがあるように、春の復活祭時には、恋人や仲間でパーティーや旅行をする若者達も、ナターレには必ず家族と過ごす…コレがイタリアの『鉄則』です(笑)。
24日、朝から夕方まで、街は最後の買い物に走るマンマ達や、クリスマスの挨拶を交わす人で大賑わい!でも夜7時には通りには誰もいない程静まり返ります…皆が家での長い晩餐を前に憩い出す時間だからです。
ナポリでの伝統的なクリスマス料理というのは、港町ならではの魚介三昧! ごく一般的なメニューを挙げてみると、多数の前菜、2種類のパスタ、そして何品もの魚料理、野菜付け合 わせ各種、そしてフルーツやデザート。そんな晩餐を深夜零時になるまでゆっくりと楽しむのです。
私は毎年主人の実家で過ごすのですが、私も前菜作りを担当。それを実家に持ち込んで、家族の晩餐は始まります。今年は姑が風邪で絶不調。声も出ない、熱もある…そんな状態でしたので、例年に比べ晩餐の内 容は省略されましたが、風邪でフラフラになりながらも、愛する家族の為に一生懸命料理を作る姿には感服しました。(姑が辛そうなので、家族全員の写真撮影は控えました:大晦日には全員の写真とご馳走の写真を披露したいと思います)
皆でご馳走を堪能するのですが、でも子供達の感心は、ツリーの下に置かれたプレゼン ト。義姉の子供達3人は早く開けたくて開けたくて、ご馳走も喉を通らず「早くプレゼント見たい!!」と泣き出す騒ぎにもなりました(笑)。
長い晩餐の後、いよいよ 深夜零時を迎えます。本来ですとミサに出かけるのですが、深夜零時のミサはめちゃ混み!!ですので、我が家では25日の午前中のミサに行く事になっています。その代わり、イタリア独特のクリスマスの飾り:キリ スト誕生のシーンをジオラマにした『Presepio』という物に、零時と共に赤ちゃんのキリスト像を置き(置く前に家族全員がキリストに敬愛のキスをする)、祈りの言葉を唱えます。
そしてようやくプレゼントの開封(笑)。たくさん揃ったプレゼントを我が家では長男の義兄が仕切って、一つづつ「これはアキとニーノからパスクアーレに!!」などと言いながら、一つづつ開封して皆で楽しんでいくのです。チビの子供達は、包み紙を破るように開け、手 にしたオモチャで即刻遊び始めます(笑)。そして深夜も1-2時を回った頃にようやく宴はお開きになり、皆家路に急ぐ事になるのです。
そして翌日25日。この日は昼餐の日!!姑は、風邪でも休む間もなく、再び厨房へ。午後1時から4時まで続くご馳走の後、今度は親戚に挨拶に行きます。私の場合は、姑のお母さんに会いに行きました。そこでは親戚一同が集まり、お菓子やケーキを食べながら、クリスマスを普段と変わりなく幸せに過ごしたか、皆が報告をし合います。長く長く続く談話の後、私は主人と軽い夕食を自宅で済ませますが……。
翌26日も、イタリアでは『聖ステファノ』という祝日になっており、この日も昼餐の日!!…風邪は少しはよくなってきた姑が、腕をふるってオーブン焼きのパスタとお肉料理、数多くの野菜料理を作ってくれました。子供達は相変わらず、クリスマスに貰ったオモチャで遊びながら…。(笑)
このようにイタリアではクリスマスお祝いが24日から26日まで続き 、翌27日からは又再び仕事モードになるも、待ち受ける大晦日&元旦を前に、街はまだまだお祭り気分が続きます。クリスマスは家族と厳粛に祝うのですが、大晦日はまさしくお祭り!! 新年の零時に放つ花火や爆竹を売る屋台が街のそこここに出て、大晦日の晩餐に食する豚足ソーセージ&レンズ豆が大々的に売り出され、ナポリ特有?の新年料理:ウナギも魚屋に出始めます。
ナポリは、イタリアの中でも一番元旦を『激しく』祝う街と評判(笑)。花火や爆竹ならまだしも、ピストルをぶっ放す輩も多いですし、法律で禁止された窓からのゴミ捨て(古い電化製品や家具なども捨ててしまう)も、まだまだナポリでは行われています。お陰で毎年何人の死者&怪我人が出る事やら…。
私がコレを書いている27日も、朝から晩まで爆竹の音が聞こえてきています。今からこういう状態なので、本番?の2000年1月1日午前零時は一体どんな事になるか??…今から楽しみでもあります(笑)。
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