私が始めてナポリに着いたのは、夜の8時。迎えに来てくれたカップルは、真っ先に私をナポリ湾に連れて行ってくれました。ナポリと言えば港町。ナポリ観光の始まりは、先ずこのナポリ湾から…というパターンが多いからでしょう。
私は海が大好き。泳ぎ&シュノーケル派なので、海と言えば『昼』という感じですが、深夜の海辺の散歩も大好きです。が、しかし、始めて訪れた夜のナポリ湾を一目した時には、それまで訪れた海の印象とは全く違う感情を受けたのです。
海岸通りは、とてつもなくウルサイ! 暴走する車が山のようにいて、歩道では大声でお喋りを続けるナポリ人達。熱々カップル達の『ぶちゅー』のキス音も、そこら中から激しく伝わってくる(笑)。でも、海岸通り沿いから、上へ上へと小高く続くナポリの夜景、海に浮かぶように建てられている『卵城』。それに満ちる少し前の月が、今まで見た事ないほど輝いていて、天上から海:ナポリ湾にハッキリした明かりを落とし、その月明かりを受けとめたナポリ湾の波が、波紋という形で私の目の前まで運んで来てくれました。
ナポリの風景と、その月明かりと波の関係を見ただけで、周囲の喧噪は私の耳から去り、いきなり静寂となり、優しい雰囲気に包まれてしまったのです。ナポリ湾で呆然と立ち尽くした私は、「ここだよ、ここ。ここは私にとって完璧だ。」と一言発していました。
妙な感動に包まれていた私でしたが、同行のナポリ人カップルが「まぁ、アキ、そんな事すぐに言わないで、これからよくナポリを見なきゃ!ははは!!」と言う事で正気に戻り(笑)、ナポリでの初ピザを食べに行きました。
それから4日間、ナポリを散策。知り合ったカップルも平日なのに2日は休みを取ってくれ、朝から晩まで、近郊のリゾート地にも案内してくれました。彼等がお休み取れなかった日の日中は、もちろん一人で散策。彼等の家は市外でしたので、私は電車で市内まで行ったのですが、危険なナポリで一人…とあって、スカートではなくパンツ!超地味!なスタイルで、バッグはジャケットの下に隠してたすき掛け…という万全防備の『情けない』スタイルでの初ナポリ一人散策となりました(笑)。
市内に行く電車は30分に一本しかない。時刻表など確認しなかった私でしたが、切符売り場で「ナポリ中央駅まで一枚…」と言うと、中年の駅員は「え?ナポリ中央駅? 今、まさに発車しようとしてる所だよ!切符なんて後でいいから、乗りな!」と言い、窓口から出て、本当に発車しようとして扉を閉めた電車を止め、私を入れてくれました。
「危険なんてウソみたいじゃない!なんだか優しい…」と感じながらのナポリ一人体験が始まりました。実際に町中に出ると、観光客もいない、もちろん東洋人なんて誰もいないので、私は注目の的。 ジロジロと見る人、声をかけてくる人、車で走りクラクションを最大に叩き「おおー!チネジーナ!(中国人女性の意味)」とからかう人…。
しかし危険はありませんでしたし、お店に入っても皆が最高に明るく、そして優しい。バールでジェラート注文してさてお勘定という時に「ナポリに始めて来たんでしょ? ならコレはサービスするよ。また来なよね!」と満面の笑顔で言われる。バスの中でならず者が私に近寄って来てからまれた時は、お婆さんが「全くもぅ、最近の若い者は仕方ないね! ほら、お嬢さん、こっち来なさい。」とガードしてくれました。
ナポリの街、全てが笑顔と笑いで包まれているような感じで、しかも皆人情派。始めてナポリ湾を訪れた時に感じた「ここだよ、ここ。」という気持ちはナポリ人達を見て、なおさら深く実感しました。
「私、やっぱりナポリに来ます! ミラノで仕事見つけなくて良かったぁ。こっちに来て仕事探しでもしますよ。ナポリならどんな仕事でも楽しく出来そう!!」と、私は友人ナポリカップルに別れの時に言いました。彼等は「え?そんな急に決めていいの?」と驚いていましたが、私がナポリを大好きになった事に喜びを隠さない様子でした(笑)。
そして私は4日5泊の初ナポリ体験を終え、また電車でミラノへと。今度は老夫婦、若者2名の総ナポリ人達と一緒のコンパートメントになりました(空いてた)。色々ナポリの話をして、私がその内ナポリに移住すると話すと、老夫婦は「じゃワシらの所においで。もう子供達皆家庭を持って、違う町に仕事を持って、ナポリではワシらだけなんじゃわい。養女として法律的に受け入れてもいいんだよ。」と言いました。しかも真面目。本気(笑)。いきなり電車で真剣に養女申し出を受けるとは、私も想像していませんでしたが、丁重にお断り。そのお婆さんの手作りパニーノ(サンドイッチ)と水筒に入れたカフェを皆で頂いて、ナポリの雰囲気のまま私はミラノへ戻りました。
「さぁ、明日からこっちの友人達に会ってナポリ報告しよう! で、ナポリの移住計画も立てないと!」とワクワクしながら眠りにつきましたが、翌朝、ある一本の電話で目覚めたのです。
「シニョリーナ・アキですか? アナタの履歴書を見まして、お電話させていただいてるのですが。」…私は一瞬なんの事か分からない。しかしすぐ思い出しました。(そうだ、私、こっちで仕事探そうとして履歴書送ったんだっけ?)ナポリから戻って、いきなりこんな電話を受ける事自体にも驚きでしたが、もっと私を驚かせたのは、その電話の相手が次に発した言葉でした。
「私は○○という雑誌社を経営しております。応募された求人広告は、他の企業のものでしたが、弊社でも日本語翻訳出来る人材を募集しておりますし、グラフィックデザイナーも募集中です。アキさんは日本人でおられますし、デザイナーでもいらっしゃるのですよね? よろしければ弊社まで面接にいらしていただけませんでしょうか?」
何の仕事かもわからずに応募した求人広告の返事が、デザイナーも募集中の雑誌社から来るとは!! 夢でも見ているのか…と思いましたが、それは全くの現実でした。(ナポリはどうなるのよぉ?)と頭ではかすめていましたが、こんなチャンスを逃す事は出来ない。それに面接だけでダメになるかもしれない。取りあえず行ってみよう!と思い、私は受話器を固く握り「はい、では早速明日にでもお伺いさせてください。」と答えたのです。(つづく)