安心してゆっくり眠る事の出来たミラノでの始めての夜が開けたら、もう翌日が語学学校の始まりでした。しかし私には『ミラノに来たらまずやりたい事』として、日本人の男の子に会う事がありました。(語学学校の事は次回!)
その男の子は、高校卒業後、ミラノ入りして語学学校で1年言葉を学び、その後建築の専門学校に通いだしました。そんな彼を、まだ日本に居た私は友人の紹介で知り、私がミラノ入りする1カ月前に丁度日本に数週間帰っていた彼と渋谷の焼鳥屋さんで会ったのです(笑)。
「アキさん、いいですよ!やっぱりイタリアは!僕はずっと住みたいと思っています!」と輝く瞳で彼は自分の経験を語ってくれました。イタリアでの生活のみではなく、彼自身の夢もジックリ聞きました。初対面の印象はとにかくしっかりした男の子だという事。はっきりと物事を言うし、夢を追っているだけではなく、それを実現させる為の努力を惜しまないで頑張っている男の子でした。私はすっかり彼に好印象を持ち、「じゃ!ミラノに行ったら一緒に遊んでね!いろんな事も教えて頂戴ね!」と年下の男の子に甘え、焼鳥屋で『ミラノでの再会』を約束しました(笑)。
そんな訳だったので、私はミラノに着いた翌日に即刻彼に電話をしました。しかし出ない…。時間帯を変え、何度かけてみても出ない…。「忙しいのかしら?」と思っていましたが、彼が学校に行く前の朝に電話しても出ない事が続いたので、私は「もしかして番号が違っているのかな?」と思い、直接彼のマンションに行ってみる事にしました。
マンションの入り口に彼の名前を見つけ、ほっとするも束の間、インターフォンを押しても出ない…。まぁ勝手に約束ナシに来たのですから、留守でも仕方ないので、諦めて又来ようとした時に、マンション入り口からおばさんが出て来て、私が困惑してる様子がわかったのか「どうしました?」と話しかけてくれました。
「実はここの日本人男性に会いに来たのですが、留守のようで…」と言うと、「彼はきっといるんじゃない?何回もインターフォン押した方がいいですよ!聞こえない事もあるしね。」と教えてくれ、私は、ブブブブー!!と、それこそ大袈裟に押してみました。
何回か大袈裟に押し続けてみて、ようやくインターフォンから『Chi
e'? どちら様?』という彼の声が聞こえました。「あ、○○君!私はアキだけど…」と答えると「アキさんか、あがって。」という答え。そして階段を上って、彼が玄関で待っている姿を見ると同時に「○○君!ゴメンね!突然やって来て。でも電話しても全然通じないから、直接来ちゃった…」と言うと、彼は苦笑を残して、私を迎え入れてくれたのですが…。
世間話から始まり、私のミラノ入りの話などもして、なんとなく過ぎていった時に私は「ところでどうして電話が通じなかったの?」と聞きました。番号が変わった訳でもなかったのです。彼は始めは何も言わなかったのですが、色々お喋りを続けていく内に、彼の気持ちを話し始めてくれました。
実はもう半月学校に行っていない…との事。そして食物を買いに行く以外に一歩も家から出ていない…と。焼き鳥屋さんであんなに輝く瞳で語っていた彼がウソのように変わっていました。
「もうね、イヤなんだよ、俺。学校で俺一人なんだよ、日本人。だからね、俺がする事全部、イタリア人は『日本人のする事』って意識で受けとめるんだよ。俺は俺なのに、皆は日本人のお手本みたいに思ってるんだよ。俺を感じてくれないんだ。何か発言しても提案しても、日本人の感覚としか見て貰えないんだよ。だからもう話すのもイヤになって来た。話さなくても俺が何かすると、皆、陰でこっそり『日本人ってああいう事する…』とか噂するんだよ。皆と同じ事やってるのに、俺がやると噂になるんだよ。バカみたいじゃないか、コレって。」
「ねぇ、アキさん。俺が家から一歩も出ないで何してるか想像出来る? ほら、コレ、昨日書いたんだ。俺を意識してくれる日本の友達に手紙書いたんだ。見てよ、A4にびっしり文字が埋め尽くされて計20枚になったよ。それに腕立て伏せも一日1000回はやるんだ。異常だろ?でもね、外にはもう出たくないんだよ。俺はこんなバカらしい所、もうイヤなんだよ。だから来月日本に戻る事にしたんだ。それから多分他の国へ行くよ。」
「アキさんがミラノにやって来たばかりなのに、こんな話してゴメン。」と謝っていましたが、私は彼の言葉を殆ど無言で聞いていました。最後に「ねぇ、私のマンションで食事会するから来てね。電話頂戴ね!」と私は言いましたが、彼はそれに「うん、わかった…」と言ったきり、電話は来なかった。私も催促の電話をかける勇気もなく、それ以後、彼とは一切音信不通になってしまいました。
彼の父親も海外暮らしが長く、お兄さんもアメリカに留学し仕事を見つけ頑張っている。彼自身もお父さんについて各地で生活していた事はあったのに、自分で選んだイタリアという国がイヤになってしまった…。彼の話を聞いて、確かに20歳になったばかりの男の子のワガママというのを感じましたが、でもそれだけではない何かが私に伝わって来ました。イタリアはいい!と始めは思っていたのに、いざ、どっぷり?浸かると、彼の性格はついていけなかったのかもしれません。(実際に私も、以後彼と全く同じ経験をする事になるのですが)
それに時期を同じに、もう一つの話を聞きました。日本企業の会社員さんがミラノ勤務に栄転。それを機会に婚約者と結婚する事になり、華々しくミラノの最高級レストランを借り切って披露宴。奥様は旅行で大好きになったミラノに住めると大喜びで彼等の新婚生活は始まったのですが、数カ月後、あまりのイタリア人のいい加減さに奥様はノイローゼ状態になり、それがかなりの重度で家から正に一歩も出ない…という事になったのです。買い物も旦那さんが仕事の帰りにして、家でずっと泣いているばかりの奥様を慰める日々が続き、5-6年の予定のミラノ滞在をたった半年で打ち切る事になったとか。「こんないい加減な所は一瞬でもいたくない!早く日本に帰りたい!!」日本から親族友人をミラノに呼んで披露宴を華々しくしたのに、数カ月後の奥様の口から出る言葉はこんなものばかりだったとか…。
イタリアには限らず、慣れない土地で暮らすとよくこういう話は聞きますし、他人事と分かりきっていれば「あんたら、ちと考え甘かったんじゃないのぉ?イタリアに期待かけ過ぎだったんじゃないのぉ?」と言ってしまえるかもしれないですが、これらの話を聞いた時は、正しく私がイタリアに猛烈な期待を寄せてやって来た時。「そう思う人もいるんだ…一体私はどうなるのだろう??」とまたまた不安のどん底に陥ったのは事実です…。(つづく)