私の旦那の旅行代理店も起動に乗り、付き合いだして3年後の1996年秋に結婚しようと決めていました。でも、その準備というのが、本当にたいへんでした。何しろ、婚姻というのは、キリスト教では洗礼などと同じ『秘跡』の一つです。ですから宗教的意味合いも非常に高いですし、それに離婚法も数十年前までなかったイタリアでは、結婚は人生に一度だけの儀式…と今でも信じられていますから、それにまつわる沢山の一般的な風習を、身を持って知った感じがありました。でも、一般的な事は、またジックリ書きますが、始めに、私の改宗のお話をしたいと思います。
よく「結婚を機会に改宗したのか?」と聞かれますが、それは違います。この熱病人生記の始まりの事になりますが、私が、初めて欧州旅行をした時に、その思いは生まれていました。私は自分がそれまで家族が何の宗教に属するのか、全く気にしたこともありませんでした。日本では仏教か、神道が一般的ですが、私の母は全くのアナーキーで、宗教の話など一切しませんでした。だから私も「へへん、宗教なんてなんか難しくて面倒くさい…」としか思っていなかったのですが(^.^;、その私の思いを覆したのが、初の海外旅行、しかもイタリアでの出来事でした。
35日間、欧州全土とエジプトまで廻るツアー。街は自由行動ばかりで、私はノンキに町中を徘徊するだけが楽しみだったけど、田舎町などだと、グループ行動になり、イヤでも(笑)有り難い遺跡や建造物に連れていかれました。特に美大主催のツアーでしたので、本当は一般客を入れない所も連れて行って貰えたり、まさに有り難い事が目白押しで、各国の有名な教会の内部まで様々に見せて頂きました。
でも当時の私には「これは何世紀のなんとかかんとかで、あれはまた違うどうしたこうした…」と説明されても、あくびをするばかりの、自分こそ、有り難くない人間でした(^.^;。近代とか現代美術館になれば「ぎゃーーーー!!!」と叫んで、自ら乗り出していくのに、有り難い宗教に関する物には、マジにあくびだけが出ていたのです。
が、そんな私が、その旅も後半になって来た頃にやってきたイタリアで、しかも、かのヴァティカンに突入してしまった時は、それまでと違う何かを感じました。ローマは完全自由行動でしたが、やはりヴァティカンは欠かせません。そしてバスで、あの広場に着いた時は「わー!!よくTVで見てた現場に来てしまったぁー! そういえば私の母親も娘を置いて欧州旅行して、ここから絵葉書をくれたなぁー。娘もここに観光に来たぜー。」としか、感想を持たなかったおバカな私ですが(^.^;、一旦大聖堂に入ると、私は全く違う思いを持ちました。
まだその頃はヴァティカンのチェックも厳しくなく、本当におバカな日本人観光客達が、ミサやってる最中なのにフラッシュをバンバンたいて撮影したり、内部で走り回っている人達もみかけました(^.^;。その他にも観光目的で来てる人達はとてつもなく多かったんだけれど、私の目に付いたのは、地元…というかイタリア人と、他から巡礼にやって来ているような、キリスト教の方々の姿でした。
あの広い、大聖堂の中、日本人観光客が走り回ってバンバン写真を撮っているのに反し、自分の信じる宗教の為にここへ来て、そして祈っている姿も、もちろん沢山見かけます。他の国や街でもこういう祈る人達を見たのだけれど、アナーキーだった私は、他の教会ではあまり人まで見る熱意がなかったのかもしれない…。でも、総本山:ヴァティカンに着いてしまっては、あの、圧倒する程の内部もさることながら、私を圧倒したのは、祈りを捧げる人達の多さでした。
ミサも開かれていて、神父様の後に皆が復唱する祈りの言葉…。でも、そのミサに参加してない信者の方々も、小さなスペースに纏われている聖人の像に、自分なりの祈りを捧げて去っていく。そして宗教に関する絵画でも像でも、訳が分かってない私は、有り難い物なのに、素通り…してしまった事ばかりでしたが、ヴァティカンではある像に惹かれました。その像はかのミケランジェロが造った物。しかも私の年齢より少し上の時に造られた物…。宗教の事は何も分からなかったけど、自分と同世代の人間が、ここまで素晴らしい芸術作品を生み出すものなのか…と、私は、震えが起こりました。「スゴイ、本当にスゴイ。宗教的な作品に感動を覚えた事はなかったけど、コレはマジにスゴイ。もう、生きてるみたいな像じゃないか!!!!」と、驚愕している時にやって来たのは、やはり、同年代のイタリア男性でした。
その男性(と、いったってヤング;20歳位)は、その像のキリストの手部分に、自分の手のひらを重ね、跪いて、祈りの言葉を捧げていました。そして、無言のまま、像から手を離し、そこのお祀りスペースにまた跪いて、帰っていきました。
それを見てまたもや驚愕。私と同年代にミケランジェロが造ったこの像、私は芸術として素晴らしいと思ったけど、同年代のその男性は、決して芸術ではなく、自分の信仰の為に接している。この像をそういう風に見ている。自分が生きて来た日本では、同年代の若者達は神社仏閣に行ってお祈りする習慣もない。それなのに、ここでは、こんなに皆が祈っている。正に私の同年代の男性、しかも流行の格好をしてイケテルお兄ちゃん風の男の子が、こんなにも純粋に祈りを捧げている……。
その男性が去って行く姿を見つめていた私ですが、彼がドアから出て行ってもう一度大聖堂を一望に見つめてみると、その男性と同じように祈りを捧げる人達が。そして再び、私の耳に入るのは、ミサのお祈りの言葉…。走り回る観光客など、もう私の目には入らず、ただただ、信仰する人達の、素直で純粋な気持ちが一心に感じられました。
「宗教か…。今まで本当に何も気にしていなかったけど、信じるって事は良い事だな…。どんな宗教であれ、ここまで宗教が身近で、そしてこんなにも純粋に祈って。う〜む、何かをここまで信じる事って良い事だ…。」と、21歳の私は、本当に漠然ですが(笑)、そうしみじみ思ってしまったのです。
でも当初はまさか自分がイタリアに移住、しかも改宗するなんて思ってもなかった時期(笑)。以後は、宗教画でも有り難く見よう…という姿勢に変わっただけだったのですが(^.^;、ナポリに生活しに来るようになって、南イタリアは信仰心の強い人達が多いですから、そういう人達と接して、また考えるようになりました。初めてホームステイした家族はとっても深い信者ではなかったにしろ、それでもミサには参加していました。日曜がダメでも他の日のミサにはかならず行っていました。
それから私は、『PAESE』コーナーの『祈り』でも書いていますが、本当に深く信じるマンマさん達との出会いもありました。信じても何も変わらない…という事実はあったとしても、それでも信仰を捨てない彼女達。そんな彼女達の姿を見ていると、自分が21歳の時に感じた「信じる事は良い事だ」という思いが再び蘇って来て、私は改宗の決意をしました。
それまで宗教の『しゅ』の字も知らなかった私。そんな重大な事を簡単に決めていいのか?とも思いましたが、私に信じる気持ちを気付かせてくれたのはイタリアでした。そしてナポリの人々でした。だったら、私はその人達が信じる物を信じてみようと思ったのです。それに私には私なりの思いもありました。世界に沢山の宗教はあるけれど、きっとそれは、元を正せばたった一つの事かもしれないと。キリスト教の神、アラーの神…など色々あるし、仏様もいる。でも、根底に根付いているのは『信仰』という二文字。どの宗教が良いか悪いかなんて問題ではなく、先ず信仰する事が一番大切なのではないか…と。そして私は、その気持ちに気付かせてくれ、自分がずっと住んでいこうと思っている土地に根付いているキリスト教の信者になろうとしたのです。
すでに旦那に知り合う前から色々聞き始めていましたが、洗礼は自分の住む一番近くの教会で行う物だと知りました。マンマさん達が色々と手を尽くしてくれたのですが、異教徒の洗礼など行った事のない教会ばかりで、聞けば聞くほど面倒くさそうな?手続きとかもあり、あまり皆さんにお手間を取らせたくなかった私は、「いいよ、いいよ。まだゆっくりで。洗礼をすぐする必要はないもん。大事なのは、私の気持ちがもう固まったって事だから。その内、機会が訪れるでしょう…。」と言っていました。
そして、その機会は訪れました。旦那の住むナポリ市外の町に移ってからの事です。すでに結婚の意志もあったし、私は改宗の意志があり、教会で結婚式を挙げたい…そうなれば、イヤでも?話は早く進みます(笑)。でもやっぱり準備がたいへんでした…。それから私は半年間ビッチリと週5回教会に通う事になっていったのです。27/07/00