観光事務所で私は日曜だけお休みを貰いましたが、事務所自体は日曜も午前中だけは営業していました。そしてある日曜の夜に私のアパートに副社長から電話がかかって来たのです。「アキさぁ、ちょっと日本人とトラブル起きて困ってるんだよ。悪いけど来てくれない?」私は心の中で「いい加減な応対をして、キッチリ日本人のクレームを受けたのか?」と心配して、急いでバスに乗り、その日本人が宿泊するホテルへと向かいました。
ロビーには、副社長とホテルの経営者、そして日本人のオヤジ(と、言うかジジイ:笑)がいました。相手がジジイと分かって、自分の服装に「しまった!」と思った私。何しろ真夏の時期で、私は短いスパッツに腹だしのシャツを着ていました。そんなスタイルの私に、ジジイは一瞬動揺を隠しきれない表情をし「アレがホントに日本人か??」と口をあんぐりしていました。何しろ、当時は日本ではまだ子ギャルさえも腹だしはしてませんでしたから(笑)。
「ちとヤバイ状況だぞ…」と思いながらも私はマジメに副社長から状況を聞く。そしてもちろんジジイからも事情を聞く。でもすぐに事態を把握する事が出来ました。それは、そのジジイが勝手に判断し、勝手に抗議をしている…という物だったのです。
真夏のイタリアを一人で周遊しているという勇気あるそのジジイ様(推定年齢65歳:笑)は、ナポリに着いて、事務所でホテルの予約と個人ツアーも申し込みました。副社長が彼の応対をしたのですが、会話は英語です。副社長は地図を広げていろんな説明をしました。ジジイ様は分かったように頷く。そしてどうやらジジイ様が気に入ったのは、ソレントとアマルフィ海岸を車で周遊するコースでした。が、ここで勘違いの発生がありました。副社長は「こういう道沿いでポンペイやヴェスーヴィオ火山を通
りながら、ソレントとアマルフィ海岸に行きますよ。でもポンペイとヴェスーヴィオは通 るだけですけどね。それでもいいのですか?」と念を押したのに、ジジイ様は、自分の英語力を信じ切っていたのか、それらの場所も訪れるツアーだと思い込んでいたのです。
「ほら、この地図に○がついてるじゃないか!! ○をつけるのだから目的地であるのは当たり前だろうが??」とジジイ様は抗議をしましたが、それは、説明時に「ここを通
って…」と言っただけ。副社長は、ナポリからの道をボールペンで追い、「ここが有名なポンペイですね」と○をつけ、ヴェスーヴィオも位 置を分かって貰う為だけに○を付けたとか。それにちゃんとした訪問地には二重丸にして強調していました。
でも私は副社長に「○を付けたから誤解したみたいだよ。」と言うと、副社長は「そんな事言われても、彼は俺の英語に全て『うんうん』と頷いていたんだぜ! 年寄りだから、ソレントに行くよりポンペイの方がいいんじゃないのかと思って、何回か念を押したのに、このツアーでいいと言い切ったんだぜ。それに他の観光客にだって○は付けるよ、でも皆、ちゃんとこっちの言うこと、分かってるもん。」と。
つまり早い話、ジジイ様が人の話す英語を自分の都合のいいように勝手に解釈して、分かったつもりで頷いていただけの話だったのです。常識があれば、4カ所も個人で回るツアーがそんなに安い訳がないのに、○を付けられたからここにも行くんだろう…っと勝手に判断して、相手の言う事も理解してないままに、オーケーの返事を出してしまったと。
で、そのジジイ様は延々とホテルのロビーで、抗議を。「話には聞いていたが、やっぱり南イタリアはいい加減だ。折角一人で初めての旅行なのに、こんな災難に遭って私は憤りを感じる。君達がお詫びをしてくれないと訴えるつもりでもいる。ああ、折角の旅行がこんな事になるなんて!! 一体どうしてくれるのか??」と。
私は殆ど『とほほ』の気分でジジイ様の話を聞いていました。私が訳して副社長も聞いていました。本当なら「訴えでもなんでもしてくれよ。こんな馬鹿馬鹿しい話には俺はついていけないぜ!」と帰ってもいいのですが、副社長は、私の為にも?一緒にいて分からない話を辛抱強く聞いていました。
そして、終いにはジジイ様が身の上話をするように。全然関係ない話をいきなり始めて、もう止まらない、止まらない(笑)。結局、ジジイ様は、慣れない一人旅で言葉も思うように通
じないし(と、言うか勝手に解釈するんだけど:笑)、たった一週間でもそのストレスが異様に溜まっていたみたいで、こんな抗議に出てしまったらしい。そこへ日本人である私が登場。思いの全てを日本語で話し、抗議から身の上話まで延々と語り、風貌が派手な私で、始めは怪訝そうな顔を隠しもしなかったのに、最後には「君は異国の地で頑張って働いているのですね! 頑張ってください。陰ながら私も応援します!! どうもありがとう!!!」と握手を求められました。
そしてジジイ様は、ホテルは始めからお気に入りだったようで、静かに部屋に戻っていかれました。副社長は、口をあんぐり…。「始めは訴えるとかも言っておきながら、どうしてあんなに満足げに部屋に帰るの? ちょっと、アキ、教えてよ!!」私は「きっと寂しいジジイなんだよ。慣れない一人旅で、言葉も通
じないし、不満をどこかにぶつけたかったんじゃないかな。」「それは分かるけど、でもどうしてあんな円満な終わりになったんだよ?意味不明だよ、コレじゃ!!」と、頭を抱える副社長に私は「いろんな人がいるから。特に日本人は表現が下手な人も多いし、特にあの年代はこういう人多いかも…」と答えました。でも副社長は頭を抱えたまま(笑)。「まぁ、とにかくトラブルは解消されたし、これで万事休す!! じゃ、また明日ねぇ〜!」と私はアパートに戻りました。
この日本人ジジイ様の話は特別だとしても(と、言っても日本人には結構いそうだよね、こういうタイプ:笑)、他にも勝手に悪評を付けられる事もありました。イタリア特有のストライキで、電車がストップ。翌日ローマから旅立つのに、ショーペロで、事務所で高い料金を払って車でローマ行きの手配をするイギリス人老夫婦。奥様が「こんな事になるならイタリアなんか来なければ良かった! どうして電車がストになって、私達はこんな高いお金を払わないといけないの? イタリアなんてキライ!!」と事務所で泣き出した事も。
他にも多少でも対応が遅れたり、たいした間違いでもないのに、重箱の隅をつつくように「ほら! やっぱり聞いた通
りだ!! ナポリはいい加減な街なのだ。こんな災難に遭うのはナポリだからだ!!」と豪語するのです。確かにその人達の自国では起こらない事なのかもしれません。しかし、郷にいれば郷に従え。世界全国、自国のようには動かないのです。旅行者ならその気持ちを忘れないでいるべきではないかと。例えば盗難やスリ、詐欺に遭ったのなら悪評を叩いてもいいと思いますが、対応が少し遅れただけで、ここまで言ってしまうのは、間違いなのではないか?と私は思います。
いい事もあるけど、こんな『大袈裟な悪評』を聞くのも多い。元々接客に慣れていない私は、適当にあしらう事も出来ずに、心が痛い思いをしていました。そして、一番のかき入れ時の8月に会社に顔を出さなくなってしまったのです。21/05/00