今、日本に帰ると、非常にウレシイ。親友や家族に会える喜び、和食が好き放題に食べられる興奮(笑)を持って、喜々として旅立ち、そして滞在最終日には悲しみでいっぱいに。が、それは、私が『ナポリで一生を終える事』と、固く決めたからこそだと思います。もし神様に「アキ。今、日本に行くと、オマエをナポリに戻さなくする。」と言われたとしたら(←そんな事言わないだろうけど(^.^;)私は絶対に日本に行かないでしょう。
それに日本に行く事がウレシイのも、一ヶ月程度の事だからかもしれません。一ヶ月を過ぎた頃になると、もうただ無性にナポリシックになってしまう…。それに、どんなにウレシイ思いで日本に行っても、帰りの成田から欧州の他の街を経由して、ナポリの風景が機上から見え出す頃には、私の目には必ず涙が出てくるのです(←マジ)。「ああ、自分の土地に帰って来たな…」と。(笑)
今でもそんな調子の私なので、7年半前は、最愛のナポリから2ヶ月離れる事が、ただただ苦痛で、悲しみの旅立ちとなりました。でも、私は絶対にナポリに戻るのだ!! 悲しんでばかりはいられない。その2ヶ月の東京滞在中に、ミラノの会社の仕事を精一杯こなし、ナポリでひょんな事から見つけた観光の仕事だって、準備をしないと。でも、もっと必要なのは、私がナポリで困らずに生活出来る資金作りでありました。
ナポリの仕事は見つかったといえど、幾ら貰えるのか分からない。新しい事務所だから、もしかしてダメになる事だってある。ミラノの会社だって、勝手にナポリに行った私に今、仕事を出して貰えても、いつ『切れる』か分からない。やっぱりある程度のお金は持っていないと、ナポリに戻る事は出来ない。普段は浪費家の私ですが、好きな土地で、お金がなくて生活が続けられない…という事態は絶対に避けたくて、そこで、私は、以前勤めていた東京の会社の社長に電話をして、アポを取りました。
「一年イタリアに行きます! もしダメだったらもう一度雇ってください!」と、お願いした社長との、一年後の再会です。私はちょっと恥ずかしさもあって、会社には直接行かず、近所の喫茶店で再会のアポを取りました。仕事の都合で遅れて来た社長に挨拶をし、手紙は書いていましたが、一年間のイタリア生活を直に報告し、そして今後の話になった所で私は切り出しました。「あのぉ、社長…。たいへん都合のいいお願いをしたいのですが……。いいでしょうか?」こんな私に社長は「女性はいつも都合のいいお願いしかしないからなぁ〜。いいよ、言ってみなよ、取りあえず。」と冗談を言って笑っていました。
東京で数々のデザイン事務所を回っては、長続きがしなかった我が侭な私。でもこの社長はたいへん人柄が良く、クライアントからの信頼バッチリ、社員からも絶大な信頼を得ていて、社長の悪口を言う人は誰もいませんでした。そんな彼の元、私はようやく長続き出来る職場を見つけて、22歳の時から本当にお世話になっていました。朝寝坊で遅刻常連、無断欠勤だってへっちゃら!な、まさに『ワガママ迷惑社員No.1』だった私ですが(笑)、そんな私の悪癖を知りながらも、心を持ってデザイナーとしての私を育ててくださいました。
そんな感謝してもしきれない社長に向かって、「一年イタリアに行きます! もしダメだったらもう一度雇ってください!」などと勝手なお願いをし、そして一年後、今度は非常に都合のいいお願いをする事に(笑)。そのお願いとは『やっぱイタリアが好きなので、ずっと生活したい。でも経済的に不安もあるので、一年に一回東京に帰って来るから、その時にたくさん仕事をください。』という物でした。
自分の都合しか考えてない、マジに勝手なお願いです(笑)。心の内では(絶対に無理だろうな…でも今回だけならアルバイトでやらせてもらえるかな?)と、思っていましたが、なんと社長の答えは『イエス』だったのです!!
もう、私はバラ色の気分♪(笑) ナポリの仕事、ミラノの仕事、そして『一年に一回』の東京の仕事は社長の『保証』をいただいた!! 通貨価値や物価の違いがあるので、東京で2ヶ月がむしゃらに働けば、後の10ヶ月はもう他の仕事しなくてもナポリで暮らせるほどの『保証』です!! コレで経済的な不安はなくなった!!と大喜びの私でした。
そして早速、怒濤の仕事三昧の東京生活が始まりました。社員がいなくなる夜から朝まで事務所を使わせていただき、残った仕事は自宅でも作業。もちろん家族や友人とも会う時間もたっぷり作りましたが、寝る間を惜しんで、がむしゃらに働きました。その間にも、ミラノの仕事を進め、あっと言う間に2ヶ月は過ぎていきました。社長に心からお礼を延べ、「また次回、よろしくお願いします!」と挨拶をし、私は一生懸命働いたお金を持って、再びナポリへ戻る事に。
6月、2ヶ月ぶりに戻ったナポリは、なんと37度! すでに真夏!! 灼熱の太陽と共に、私の本格的なナポリ生活が始まっていったのです…。(13/03/00)