「実は私はナポリに住みたいのです」という私の言葉を聞いた社長は、まさに唖然呆然。普段は相手がどんな言葉を発しても冷静に判断する社長が、この私の言葉を聞いた時の驚きは絵にも言われぬ物でした。
同じ国とは言え、ちょっと離れれば町の雰囲気がガラリと変わってしまうイタリア。北のミラノと南のナポリでは、地球を半周する位違います(大袈裟なようですが事実です:笑)。私がクリスマスにナポリに行くのは知っていたけど、でもまさか、移住したいと真剣に悩むまでの想いがあるとは、社長も想像していなかったのでしょう。
特にミラノに住んでいる人は、イタリアで最もいい加減と言われるナポリ(笑)を忌み嫌う傾向にあります。「え?ナポリ?? げー、気持ち悪い。サイアクー!」とハッキリ言われた事も…。そして社長は生粋のミラノ人。そんな彼を相手に、ナポリに住みたいなどと言うのは、軽蔑されるかも…と心配でした。
あいた口が塞がらない状態になっている社長を目の前に、しかし私は『言いたかったけど、どうしても言えなかった一言』を発した安堵感で気持ちが楽になり、何故に私がナポリに移住してみたいのかを延々と語り続けました。
(ああ。友達が言うように「アキ!何、バカな事言ってるの? 仕事も見つけ、何の不満もないミラノ生活をどうして捨てて、ナポリなんかで一からやり直そうとするの?」と、社長も言うかもしれない…。)と不安を持ちましたが、私はそれでも真剣に、ナポリに対する気持ち、想いを語っていったのです。
私の話が終わり、社長は、しばし沈黙を保っていました。が、始めて彼が口を開いた言葉は、それまで誰も言ってくれなかった内容でした。「そうか…。君を手放すのはとっても辛いことだが、アキはまだ若いから自分の思うようにしてみればいい」と。
ナポリをバカにするでもなく、他人にとっては無謀に見える私の気持ちを社長は理解してくれたのだ! 私は「そうおっしゃって頂けて、素直に嬉しいです! 本当にわがまま言ってすみません。会社にはなんの不満もないんです」と謝りました。
そして社長は「ナポリに行って試して来てごらんなさい。アキが思う『イタリア像』というのが本当にナポリのことなのかどうか、生活して、確認してきなさい。そしてダメだったら、いつでもミラノに戻ってきていいから。そしたら必ず我が社に戻るんだぞ!」とおっしゃってくださったのです。
私は感動のあまり立ち上がり「社長!今のお言葉、本当ですか? ダメだったら戻っていいんですか?」と言いました。「おいおい、そんなに興奮しないで(笑)。さぁ食事を食べに行こう。そしてアキのナポリの話をもっと聞かせておくれよ。」と優しくおっしゃってくれました。(こんないい社長の会社辞めるなんて、私ってホント馬鹿かもしれない…)と胸がきゅ〜んとなりました。
そして美味しい食事をご馳走になりながら、理解してくれた社長に、私はまた延々と語り続けていきました。もう何の心配もないので、笑顔満載、ニコニコしっぱなしの会話になりましたが(笑)。でも、この食事中にも意外な社長の一言が…。
私はグラフィックデザイナーですが、以前はまるで畑違いの仕事をしていました。社長には、その話をしていなかったのですが、鋭い彼に言い当てられ、ビックリ! そして、私にその仕事をする為にローマに行く事も勧めて来たのです。「ナポリとローマなら近いし、アキにはその分野での才能があると思うから、紹介するから是非チャレンジしてみないか。きっと上手くいくぞ!」と、私が想像もしていなかった話を持ちかけてくれたのです。
前の仕事は大好きだったのに、挫折して辞めてしまった私。でも意外な事に、大好きなイタリアで、その仕事再開の可能性も出てきた!…と、益々ビックリしましたが、それでも私は「社長、本当にお気持ちは感謝します。でもローマでもダメなんです。いくら近いとは言え、どうしても私は『ナポリ』に住んでみたいのです。ナポリは私にとって『人生』を送る場所だと確信があるんです。仕事なんて二の次。ただナポリで『生きて』いければそれで幸せなのかもしれない…と今、思っているこの気持ちを、どうしても確認しない事には、ローマに行っても無駄でしょう。」と、お断りしてしまいました。社長は「本当にキミはナポリに惚れてしまったんだね。」と、最後には笑っておっしゃっていました。
『もうナポリに行ける!』となって、ワクワクの私でしたが、はっと気が付けば、それから1ヶ月後の2月に、日本から母と姉がミラノにやって来る事になっていました(笑)。今更その旅行をナポリに変更してくれとは言えません。途中だった仕事もありましたし、3月からナポリに移住…という計画に。
でも気持ちはすっかりナポリに飛んでいて、社長に話した翌日から、即刻移住計画を開始。一週間後にはアパートも決めてしまい、ナポリでの生活を早くも夢に見ていました…。